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エリア特集2015-07-23

文京区の「はじっこ」ってどこ? 境界協会と文京区の区境を探検してみた(前編)

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 日常生活で「区境」を意識することは少ないのではないだろうか。だが、当文京経済新聞編集部はその名の通り、「文京区ってどこまでが文京区か」ということを常日頃意識しながら活動をしている。今回はそうした境界線を探して「観察会」を開いている団体があると聞きつけ、文京区の区境を明かすべく「区境踏破ツアー」を敢行した。

 今回、文京区の区境を案内してもらったのは、地図上の区境・県境・旧国境などを追う地図歩きを主催する「境界協会」の主宰・小林せいのうさん。普段は日本地図センター地図研究所で主幹研究員を務める、地図のスペシャリストである。

 6月の梅雨の晴れ間。午前10時にJR西日暮里駅に集合。実際には見えることのない区境の上を歩くということで、地図は必携。そのほか、道路に設置された「境界標」、市区町村の管理する「街路灯」、建物などに設置された「住所板」などが主な目印となる。まずは地図を片手に境界線の上に乗るべく、道灌山通りを南に歩く。

 「この辺りが文京区と台東区の境界の上」と小林さん。地図を頼りしない限り、どこで境界に乗ったかを把握するのは難しいが、まずは境界上への第一歩を踏み出した。

▲今回歩いた文京区境

□境界ポイント1 暗渠となった藍染川沿い

 千駄木から本駒込にかけての区境は「藍染川」と呼ばれる、今や暗渠(あんきょ)となってしまった河川が境界を形成している。区境となっているこの通りには、道のところどころで「境界標」を見つけることができる。

▲文京区の境界標

 藍染通り沿いには、境界関係者の間で俗にトリプルジャンクションと呼ばれる、「3区の境界が交わる3区境界地点」が至近距離で2カ所も出現する。小林さんをしても「これほどトリプルジャンクションが接近している場所は珍しい」というレアスポットだ。

 右に台東区、左に文京区を意識しながら藍染通りを北上していくと、「まず1カ所目。ここが文京区、台東区、荒川区のトリプルジャンクション」と小林さん。マンションを挟んで延びる2又の道路が区境になっているという。地図無しではここが境界と認識する人はまずいないと思われるほどに特徴がない。果たして、とコメントに困っていると、小林さんが「この樹木が恐らく、台東区最北端の木になるかもしれません」と助け舟。一見は何の変哲もない街路樹も、境界という視点を加えてみると途端に意味を持ち始める。

▲道路を境界線に左側が荒川区、真ん中が台東区、右側が文京区。中心の樹木がいわゆる「境界樹木」

 そこからさらに100メートルほど北上すると2つ目のトリプルジャンクション、文京区、北区、荒川区の区境に到達。先ほどのトリプルジャンクションに比べ、道を少し入ったところで境界が混線。ここでは境界と思われるあたり10メートルほどの区間に3区の境界標を見ることができる。

▲文京区と北区、荒川区のトリプルジャンクション。左側の商店は文京区、右側のアパートは北区。筆者が撮影のために立つ路上が北区(右側)と荒川区(左側)の境界線。

▲それぞれ素材や色が異なるが、区章が入るのは共通。

 2つのトリプルジャンクションを抜けて区境を北へ歩いてくと、藍染通りは途中で「谷田川通り」と名を変える。昔から藍染川は流域によって呼称が変わり、その名残が現在の通りの名前に残っているという。

 谷田川通りには、かつてそこが河川であったことを物語るような大谷石の石垣や川へ降りるためと思われる階段が残る建物も見受けられる。道のゆるやかな勾配と蛇行は、やはりそれがどこか河川だったことを感じさせる。

 道の両脇には住宅が密集して立ち並び、その建物の隙間に生まれた細い路地にはアジサイの花や猫の姿。「区界を歩くと、普段なら絶対に通らないような道にまで足を踏み入れることになる」と話すのは小林さん。「路地があったりするとつい寄り道をして、全然進まないこともある」と笑う。

▲右側が北区、左側が文京区

▲大谷石の石垣が残る

▲文京区と北区の境界標が並ぶ。まさにここが境界点

□境界ポイント2 田端銀座商店街

 地図を頼りに境界上を進んでいくと街並みが徐々に変化し、気付けば田端銀座商店街の中に出る。この商店街は通りの左右で商店の住所が異なり、西側が文京区、東側が北区に属している。「どこか店と店のあいだを境界が走っているはず」と、店の方に声を掛けてみると履物店の店主から「うちまでが文京区。隣の魚屋は北区だよ」との証言。とても人が通ることはできない店と店の間の狭い隙間を境界が走っていた。境界を探して、街の人とコミュニケーションを取るのも、境界歩きの楽しみの一つかもしれない。

▲田端銀座商店街

 商店街のメーンストリートを迂回(うかい)して境界線をたどると、そこは3つ目のトリプルジャンクション。文京区と北区、豊島区の境界地点に出た。

 「ここのトリプルジャンクションからが、文京区本駒込と豊島区駒込の境界に入る」と小林さん。文京区と豊島区の境界には似た地名が続く。本駒込と駒込、そして大塚と新大塚である。「境界線が引かれたところには何らかの理由があるはず」と勘繰るも、小林さんは「答えは出なくとも考えながら自分なりの推理をして歩く。それも境界歩きの醍醐味(だいごみ)」と話す。

▲文京区と北区、豊島区の境界地点(トリプルジャンクション)。左側のブロックが文京区。真ん中のブロックが豊島区。写真右側は北区となる

□境界ポイント3 江戸時代の大名屋敷跡地

 本駒込に入ると、これまで蛇行しながら引かれていた境界が直線的なものへと変化していく。本駒込の一帯の境界線は、江戸時代の下屋敷や武家屋敷などの屋敷境界に由来すると考えられるという。そのため境界線が直線的というわけだ。

 六義園の隣を走る本郷通りは、区境が入り乱れ、歩いていると知らぬ間に文京区と北区を行き来していることになる。

▲六義園脇の本郷通り上をジグザグと境界線が行き来する。

□境界ポイント4 中山道から千石・大塚の住宅地

 本駒込を抜けて白山通り(旧中山道)を越えると、それまで大きな区画の住宅地だった街並みが途端に姿を変える。道の両脇に商店が立ち並び、ゆるキャラ「おおとりぃ」が迎えてくれる千石の大鳥商店街だ。ここは田端銀座商店街と同じく、商店街の左右で文京区と豊島区に別れている一画がある。商店街の店の壁には文京区と豊島区の住所標識が並ぶところも。

▲左側に「文京区千石四丁目」、見えにくいが写真中央上に「豊島区巣鴨一丁目」が見える

 商店街を抜けて北西へ区境をたどると、境界線は住宅地へと入っていく。住宅地を串刺しにするように境界線が敷かれていて、通りを出たり入ったりしながら区境界を探し歩く。

 「見つけた!」と声を上げたのは小林さん。そこには塀に並んでかかった住所看板。右に「文京区千石四丁目」、左に「豊島区巣鴨一丁目」。まさにこれが、境界が目に見える瞬間だ。ここまで所要時間がおよそ3時間半。念願の境界撮影スポットである。

 その後も大塚にかけて住所板が立ち並ぶスポットが続き、境界線を観察するには最適のエリアの一つと判明した。

▲住所板がきれいに並ぶ境界スポットはこの日初

▲大塚と文京の区界の趣ある道

▲道を抜けて反対側から見ると、なんとそこには文京区と豊島区の住所板が

 千石の住宅地を抜けると、境界線は都立大塚病院、文京区立大塚公園の敷地内をまたいでいく。このように境界線が建物内を通っているものを、境界関係者のあいだでは俗に「境界物件」と呼ぶそう。公園の場合は「境界公園」となる。大塚公園では境界線が噴水を縦断しているようで、小林さんいわく「これは境界噴水かな」とさっそく命名。

 文京区によると、大塚公園は都立公園だったものを文京区が譲り受けて管理をしているため、「文京区立」となったとのことだ。

▲大塚公園も境界線をまたいでいる。管轄は文京区。境界線が通る「境界噴水」

□境界ポイント5 大塚と東池袋の境界エリア

 大塚と東池袋の区境付近は、初め小さな崖沿いに境界線が走り、その後は文京区の商店街・共盛会に入る。この商店街も内部を境界線が走っており、街の人に話を聞くと店舗と住居が並んで立っているにもかかわらず、「店は文京区だけど、家は豊島区という人もいる」との声が。

▲水路由来と思われる共盛会内の細い道。この小さな道が境界となっている。

 大塚の街なかの境界をたどっていると郵便局の赤いバイクが2台、郵便物を配達しているところに出会った。「郵便物の配達も区によって管轄が違う。だから右のバイクの人は豊島区の郵便物、左側の人は文京区の郵便物を配っている。彼らは境界を熟知しているはず」と小林さんは笑う。

▲道路を隔てて、右側が豊島区の配達員、左側が文京区の配達員。

 大塚を抜けると境界線は護国寺の敷地内へと入っていく。同寺院の最西端に敷かれた道沿いを区界が走っているのは、「もしかすると寺院が境界線を引くときに参考にされたのかもしれない」と小林さん。

▲護国寺の西のはじ。文京区と豊島区の区境となっている道

□境界ポイント6 目白台・雑司が谷付近の街なみ

 護国寺を抜けると境界線は、目白台と雑司が谷方面へ。この辺りの区境は、昭和期の面影を残したような趣ある住宅街が続く。境界線自体は単調でたどりがいに欠けるが、木造建築や古井戸、小さな路地など街なみに目をやれば散策は楽しくなる。

 この一帯は文京区と豊島区の隣接区域だが、文京区の境界標ばかりが目立ち、豊島区のものが見当たらない。振り返ってみると、豊島区は千石・大塚の一部で見られただけで、全体として文京区に対する主張が弱かった。

▲区境にある細く蛇行した道は元河川への疑いが深まる

▲左側が文京区、右側が豊島区。ここでも郵便配達員が見られた

□境界ポイント7 富士見坂と神田川

 目白台と雑司が谷との区界を抜けると、目白台二丁目の交差点から富士見坂をくだる。この富士見坂が境界かと思いきや、10メートルほど下ると坂は二手に分かれる。そこで富士見坂から左手に逸(そ)れていく「日無坂」こそが、文京区と豊島区の境界になっている坂だという。

 日無坂を一気に下まで下りるとそこはもう神田川のすぐ近く。坂を下り終えてすぐのところには銭湯の「豊川浴泉」がある。小林さんは「境界線の上はかつて河川だったところが多い。水をよく使うという意味では、境界線上には実は銭湯が多くみられる」と話す。境界線と銭湯には意外な関係があった。

▲正面が富士見坂。左手が境界となっている日無坂。

▲住宅に囲まれた日無坂は坂といっても階段になっていて、車は通ることができない

 銭湯を横目に商店の立ち並ぶ一画を抜けると、新江戸川公園がみえてくる。その先がこの日最後のトリプルジャンクション。文京区、豊島区、新宿区の区界である。

 トリプルジャンクションから神田川を見下ろすとコイの姿。ここ数年で水質が向上し、現在ではアユも遡上してきていることは地元で有名な話である。神田川を渡ると、街並みはまた変化し、印刷工場が林立する文京区関口へと入っていく。

▲歩道と車道を境に、左側が新宿区、真ん中が豊島区、右側が文京区

□境界ポイント8 小林さん最大の発見

 関口と早稲田鶴巻町の境界はうねうねと入り乱れ、何を根拠に境界線をひいたのか分からないような場所が続く。首都高速5号池袋線への入り口付近に差し掛かったところで「何だ、これは」と小林さんが声を上げた。

 そこにあったのは「区境界」と書かれた境界標。文京区の名も、新宿区の名も見当たらない。「これは初めてみた。ここまさに正真正銘の区境ということだろう」と小林さん。ここまで7時間半に及ぶ踏破ツアーの疲労も吹き飛ぶほどの発見である。地図を見ると、首都高を挟んで道路の反対側に境界は走っている。「もしや反対側にもあるでは」と道を渡ってみると、本当にそこにも区境界の境界標が。「これはすごい」という声が止まらない。ゴール直前の思わぬ発見だった。

▲最大の発見(区境界)

▲区境界の上で育つ「境界木」

□文京区の境界(北側)とは何だったか

 小林さんは「境界は興味をもってもらうための入り口のようなもの」と話す。「境界を歩くと、普段なら絶対に出会わないような場所や風景、街並みの変化に気づくことができる。その境界がどんな理由で引かれたものなのか、たとえ答えが出なかったとしても、想像を膨らませていけるのも楽しい」という。「そして何より、自分の周りの境界に目を向けてもらえれば、自分の住む地域がどんな場所なのかを知ることができる」と境界の、引いては地理の楽しさを話す。

 文京区の境界という点では景色の変化が顕著だったといえる。住宅密集地から商店街、大きい区画の住宅地に、公園、病院、坂道、河川。文京区の区境から街の歴史が透けて見えてくる。

 次回は文京区の南側を歩き、その様子をお伝えしたい(後編はこちら)。

(文責=文京経済新聞・西丸尭宏)

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