特集

【PASS the TORCH 文京アワード2025】第2回 候補者インタビュー
長谷川大さん|本郷のつなぎ役が生み出す街の未来

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 文京区の地域ニュースメディア「文京経済新聞」は「PASS the TORCH」のブランドビジョンを掲げ、見つけた資源を次世代につなげて新しい時代を創ることを目指しています。その一環として、地域の未来を見つめながら、文京のまちに根ざした活動を続けている人を「文京アワード2025」候補者としてインタビュー。次世代に受け継ぎたいまちの取り組みや、その中心にいる人々の思いを紹介していきます。

 第2回に登場いただくのは、NPO法人「街ing本郷(まっちんぐほんごう)」代表理事の長谷川大さん。本郷で代々続く魚屋の3代目でありながら、15年前に「つなげるため」のNPOを立ち上げ、地域と学生をつなぐ独創的な仕組みづくりに取り組んできました。「まちの事業承継」への思いと、次世代に託すメッセージを伺いました。
 


NPO法人街ing本郷の長谷川大さん

 

―長谷川さんが代表を務めるNPO法人「街ing本郷」について教えてください。

 「街ing本郷」の名前には3つの意味が込められています。1つ目はマッチングの「つなげる」、2つ目は「~ing」で未来進行形、3つ目はまちの「調和」を表している。まさにつなげる役割を担う組織なんです。魚屋と和菓子屋と薬屋という、地域の中の人間がやっているNPOで、事務所も専業スタッフもいないのに、15年以上も活動を続けています。

 ポイントは、外からNPOを持ってきたのではなく、地域の中からNPOを作ったこと。古くからいるまちの担い手たちが、新しい人たちを迎え入れるために組織を作ったんです。町会は住んでないと町会員になれないし、特に学生は地域で宙に浮いているような存在でしたから。

 私たちは「待ち」の姿勢です。やりたいことがある人が来てくれたら、「それなら消防団のあの人だね」「まちづくりならこの町会長さんを紹介するよ」と、適切な人をつなげていく。既存の組織の境界を越えて、みんなで支え合えるコーディネート役です。


魚よしで語る長谷川さん

 

―15年前にNPOを立ち上げたきっかけは?

 本郷三丁目駅から東大の赤門まで、たった200メートルの間に5つの商店街がある。学生たちは地域とつながりたいのに、どこに行けばいいか分からない。一方で地域の人たちも「東大生は何もしてくれない」と言ってる。目の前にいるのにつながらないなんて、おかしいじゃないですか。

 当時は地域の先輩方に「卒業したらすぐにいなくなる学生はいらない」とさんざん言われましたよ。しかし、10年後・15年後を考えた時、町会長も商店会長も消防団長もPTAも、自分を含めた少人数で担うことになると危機感を持ったんです。それなら組織を作って、みんなで支え合う仕組みを作ろうと思いました。


菊坂にある商店街

 

―「書生生活」という面白い取り組みをされていますね。

 もともと空いていた古いアパートを活用した仕組みです。共同トイレ、ミニキッチン付きの4畳半の和室で、3万円台で本郷に住める。遠くから通うより通学定期も安くなるし、時間も生まれるので勉強にも集中できます。

 ただし条件があって、祭りの手伝いや町内活動に参加してもらう。しかも面接はかなり厳しくやりますよ。「お前はここで何を成し遂げたいんだ」って(笑)。アパート賃貸業じゃないから、借りたいと言って簡単には貸しません。地域で何かやりたい、学びたいという強い志を持った学生に来てもらいたいんです。

 実際、この活動を通じて出会ったデザイナーの杉本和歳くん(タイラーデザイン代表)のような成功例があります。彼はうちをフィールドにして商店街の「本郷百貨店」企画を手がけ、グッドデザイン賞まで取った。その実績で独立して今の成功につながっている。地域活動を通じて学生たちが成長し、羽ばたいていく姿を見ることが一番の喜びですね。


百貨店祭りのチラシを持つ長谷川さん

 

―その「本郷百貨店」について、もう少し詳しく教えてください。

 商店街に国から補助金が出た時、普通なら売り上げを上げるためのガラポンや商品券を作るんですが、それじゃ面白くない。そこで「本郷百貨店」という企画を考えました。これは商店街にある店を百貨店の一つのフロアのように見立てて、「1階 魚屋」「2階 和菓子屋」といった感じで紹介する冊子やウェブサイトを作ったんです。値段を書くのではなく、店の魅力やこだわりを伝える内容にしました。

 杉本くんがグッドデザイン賞を取るほど素晴らしいデザインに仕上げてくれました。彼はこの実績で独立して、今では成功している。このように若い人たちの可能性を広げる手伝いができるのもうれしいことです。


本郷百貨店祭り2025




―「フードシェアリング」という新しい取り組みについて教えてください。

 これは恐らく全国でも誰もやっていない、生鮮品のフードロス対策です。商店では品質にこだわりがあるので、「今日のはちょっと」と思ったら売らないんです。でもまだ十分食べられる商品が山ほどある。それを何とかしたくて、1年間かけてマニュアルを作り上げました。
 今は社会福祉協議会と連携して、文京区内の4つの地域食堂に食材を提供しています。実は子ども食堂より大人食堂に多く出していて、年金暮らしで食費を削っているお年寄りの栄養不足対策になっている。栄養不足で体が弱くなって介護が必要にならないように、おいしい魚や野菜を食べてもらいたいんです。

 仕出屋のキクヤさんなどと連携して、この食材を使った完成品を地域食堂に届ける仕組みも作りました。フードロスを活用して社会保障費の削減を狙う、壮大な取り組みです。東京都の補助金事業でもあるので、完成したらマニュアルを全国に提供して、他の地域でも参考にしてもらえればと考えています。


魚をさばく長谷川さん


―代々の店を継いで、さらに地域活動にも力を入れる原動力は?
 まちづくりも商売も、結局は「事業承継」なんです。私の代でもうかるもうからないじゃなくて、もっと先を見ている。今やっていることは手前の売り上げには全然つながらないけれど、もっと未来のために力を入れています。

 最近よく思うのは、自分の商売もNPOの活動も、どちらも3代目として受け継いだものを次に渡すということ。「お前のおやじに世話になったんだよな」という人たちの子どもが、将来この街に戻ってきてくれれば十分です。

 商店街が衰退したら、自分たちの子どもがどこに帰ってくるのか。そう考えると、いい街を残すことが一番大事。それが私の原動力です。


―文京区の魅力はどこにあると思いますか?
 大学が多くて新しい人がどんどん入ってくるまち。そういう人たちも含めて「ここがふるさと」と思ってもらえるまちにしたいですね。代々住んでいる人間の役割は、新しく来た人たちを温かく迎え入れることだと思っています。



旧菊坂町の看板


―最後に、長谷川さんにとっての「PASS the TORCH」とは?
 若い人たちに「やってみたい」と言ってもらえる街を残すこと。そのためには、どんなときでも「長谷川さんに相談してみたら」と言ってもらえるような、つなぎ役が街にいることが大切です。

 私がやってきたことは、既存のものを組み合わせて新しい価値を作ること。次の世代の人たちには、私たちが作った仕組みをベースに、もっと自由に、もっと楽しく活動してほしい。時代は変わっても、人と人をつなぐ温かさは変わらない。それが私たちの街の一番の宝物だと思います。


バイクで配達をする長谷川さん

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