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なぜ仏像に引かれるのか? 永青文庫でひもとく「写実から神秘へ」至る東洋彫刻の美

 文京区目白台の閑静な高台にたたずむ永青文庫(文京区目白台1)で現在、早春展「アジアの仏たち-永青文庫の東洋彫刻コレクション-」が1月17日から3月29日まで開催されている。細川家16代当主・細川護立(もりたつ)が情熱を傾けて収集した中国やインドの仏像を中心に、重要文化財3点を含む東洋彫刻が7年ぶりに一堂に会する貴重な機会となっている。

 本稿では、博物館の魅力を若者の視点で発信し、学芸員と共に博物館の未来を「共創」することを目指して活動する早稲田大学博物館支援サークル「ミュゼさぽ」の佐々木美緒さん(3年)が、1600年を超えて受け継がれる「祈りの形」をリポートする。

 春のような日差しの中、胸突坂を上ってたどり着いた先。木々の中にたたずむ屋敷の扉を開くと、そこには日常とは異なる静謐(せいひつ)な時間の層が広がっていた。

 今回の展覧会には、中国石仏に加え、普段は熊本県立美術館で保管されている貴重なインド彫刻も一堂に会している。 大学生の視点から、その奥深い世界をひもといていきたい。

永青文庫入り口に置かれたポスター
〈阿弥陀如来坐像〉唐・咸亨3年(672年)台座部分

 

インドの仏たち

 館内に足を踏み入れた瞬間、日常とは異なる時間の層に入り込んだように感じた。レトロで落ち着いた館内の雰囲気は、せわしない日常から少し距離を置かせ、気持ちを自然と落ち着かせてくれる。順路はまず4階から2階へと下がっていくようだ。

 4階の展示室に入り、まず目に入る作品が特別展示・国宝「金銀錯狩猟文鏡(きんぎんさくしゅりょうもんきょう)」。「細川ミラー」の名で知られる同作は、細川護立が一目ぼれして購入したとされているが、それも納得できるほどの、今から約2300年前に作られたとは思えない高い技術が使われている。

 よく見ると馬に乗る武将と動物の文様が描かれている。非常に細かな点によって表された写実的なその様子は、ぜひ実際に見ていただきたい。

国宝〈金銀錯狩猟文鏡〉中国・戦国時代
国宝〈金銀錯狩猟文鏡〉中国・戦国時代
 

 この展示室には、主にインドの仏像が展示されている。
まず驚かされるのは、それらの仏像が持つ人間らしさだ。私たちがよく知る日本の仏像と比べると、腰をわずかにひねった姿勢など、まるで本物の人間を見ているかのように感じられる。硬い素材で作られているはずなのに、皮膚の柔らかさまで伝わってくるようだった。

 「触地印宝冠如来坐像と仏伝諸相」を見てみると、大きな宝冠をかぶった像の向かって左には、釈迦(しゃか)が生まれる場面が描かれている。まるでダンスを踊っているような摩耶夫人の優美なポーズに思わず目を奪われた。

 その上には手を重ね、両足を下ろした姿勢の像が彫られている。一体頭はどんな形をしていて、どんな表情をしていたのだろうと想像するのもまた楽しみの一つである。

〈触地印宝冠如来坐像と仏伝諸相〉パーラ時代
〈触地印宝冠如来坐像と仏伝諸相〉パーラ時代
 

 同じ展示室にある、中国唐時代に作られた仏像をよく見てみると、台座の足の間から人の顔がのぞいている。ふとのぞき込み、目が合った瞬間正直かなり驚いた。額のしわまで丁寧に表現され、微笑を浮かべるこの顔はだれの顔なのだろうか。ぜひ会場で探してみてほしい。

〈阿弥陀如来坐像〉唐・咸亨3年(672年)台座部分
〈阿弥陀如来坐像〉唐・咸亨3年(672年)台座部分

 

石からできた中国の仏像

 3階の展示室では中国北魏~唐時代の像を展示している。

 入った瞬間心を奪われたのは一番奥に置かれた今回の目玉、重要文化財「菩薩半跏思惟像」。細身の体に穏やかな表情は、先ほどのインドの仏像と比べて、どこか人間ではないような神秘的な雰囲気を作り出している。

 「半跏思惟像(はんかしゆいぞう)」は片足を下ろし、片手を?に当てたポーズを取る像のこと。右手は欠けているが、少し右に傾いた顔や姿勢は1500年ほど前のかつての姿を想像させる。

重要文化財〈菩薩半跏思惟像〉北魏時代
重要文化財〈菩薩半跏思惟像〉北魏時代
 

「四面像」は名前の通り4面全てに仏像が彫られている。よく見てみると左側にはどこかで見たようなポーズをとる仏像が。

〈四面像〉北周~隋時代
〈四面像〉北周~隋時代
 

 そう、先ほどのポーズを取る半跏思惟像である。

 しかしよく見てみると姿勢が左右反転しており、先ほどの像よりも人間らしく、首を傾け、深く悩みごとをしているようにも見える。なぜ同じ中国で、石に彫られ、作られた時代も大きく変わらない2つの像が全く異なる印象を持つのか。

 知識がなくとも、表情や姿勢、装飾などの違いから「なぜ?」を見いだせれば、仏像はもっと面白くなってくる。

 

 

金銅仏の魅力

 2階に降りると最後の展示室がある。洗練された内装のなかにたたずむのは永青文庫を代表する宝物のひとつ、重要文化財〈如来坐像〉だ。
ピカピカに光ったU字型の服にメラメラと燃えるような光背。小さいながら存在感がある。

重要文化財〈如来坐像〉宋・元嘉14年(437年)
重要文化財〈如来坐像〉宋・元嘉14年(437年)
 

 この像は一言で言えば超レアなのである。

 像が作られた当時中国は北と南で分かれていたが、このとき南朝・劉宗時代に作られた金銅仏は実はあまり見つかっていない。そんな中でもこの像は、南側の宋(劉宋)という国で437年に作られたとのサインが入っている、何とも珍しい像。よく見ると台座には、そのサインが書かれており、いくつかの漢字は読むこともできる。

 北朝で発見される古式金銅仏にも似るこの像は、ここに来るまで一体どのような旅をしてきたのだろうか。台座に刻まれた銘文から、この像が単なる美術作品ではなく、家族の祈りを1600年間託された存在であることを実感する。

 4階の第1展示室から2階まで下りてくるにつれ、インド、中国の仏像がこれまでに違った魅力を持つのかと驚かされた。個人的にはリアルな肉体表現が印象的なインドの仏像から、石でできた中国の仏像、そして金属でできた仏像と作品を追う中で、写実性から次第に神秘性へ、信仰の対象としての存在感が強まっていくように感じられた。

 仏像を堪能して、ふと横を見ると、すてきな空間があった。
その部屋には細川護立の蔵書が展示されている。暖かな日差しがよく入るこの部屋で、仏像から少し離れて一息つくのも気持ちがいい。

永青文庫2階 細川護立の蔵書の一部が展示されている
永青文庫2階 細川護立の蔵書の一部が展示されている

 この展覧会では今回紹介できなかったすてきな作品がめじろ押し。担当学芸員の輿石英里子さんは「仏像の足元に見られるちいさな動物やインドの仏像の華やかな宝飾にも注目してもらえば、より楽しめるだろう」と語る。

 「仏像についての知識がないから」「難しそう」と思う人でも、動物やアクセサリー、表情やポーズなどの一つ一つを日常生活と結びつけながら、もっと仏像を身近に感じられる展覧会。

 散歩の途中に少し足を延ばしてみると、そこには国も時代も異なる貴重な仏が待っている。そこでは思いがけない出合いが待っているかもしれない。近くを訪れた際には、ぜひ足を運んでみてほしい。


(掲載作品はすべて永青文庫蔵)

【永青文庫】
住所:東京都文京区目白台1-1-1
開館時間:10時~16時30分
入館料:一般=1,000円、シニア(70歳以上)=800円、大学・高校生=500円、中学生以下無料。


【取材・執筆】
佐々木美緒(博物館支援サークル ミュゼさぽ)
早稲田大学3年。美術と歴史を愛し、仏像を学びながら近現代アートにも関心を寄せる。

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