東京の大学生と福島12市町村をつなぐ「F12FLYプロジェクト」
東京の暮らしは食料、エネルギー、人材と、常に地方に支えられてきた。特に福島県は、首都圏へ電力を供給する重要な地域だった。東日本大震災と原発事故から14年が経過した今、福島12市町村では、若き起業家たちが独自の視点で新たな挑戦を始めている。従来の「支援される地方」ではなく、都市と新たな関係性を築きながら自らの力で未来を切り開く彼らの姿に、東京の大学生たちが注目した。
文京区関口の地域交流スペース「我楽田工房」を拠点に始まった「F12FLYプロジェクト」。文京区内で学ぶ大学生が編集長となり、学生記者たちが福島に移住した若手起業家たちを取材する。若者同士の対話から生まれる気づきと、東京と地方の新たな関係性の可能性を、全4回のシリーズで届ける。
naturadistill 川内村蒸溜所の代表 大島草太さん
固有の香りに込めた、世界への思い
今回、私たち学生記者が訪ねたのは福島県川内村。ここで2024年11月、「naturadistill(ナチュラディスティル)」という蒸留所を立ち上げた大島草太さん(28)は、この地の清らかな地下水と日本古来の固有植物から、世界に誇るクラフトジンを生み出している。
取材当時、チームリーダーとして私は深い葛藤を抱えていた。メンバーとのコミュニケーションに悩み、チームをまとめる難しさに直面する毎日。そんな中で出会ったのが、地域の大学生や高校生、同じ酒造りの仲間など、多くの人々を自然と巻き込んでいく大島さんのリーダーシップだった。大島さんの姿に自分自身のリーダー像を重ね合わせ、その背景にある思いを探りたいと強く感じ、取材した。
naturadistill 川内村蒸溜所の様子
地域との出合い、そして起業へ
大島さんと川内村との出合いは、大学時代のフィールドワークがきっかけだった。そこで目にしたのは、強い意志を持って生きる人々の姿だった。「私の地元・宇都宮とは全然違う空気がありました。避難を経験し戻ってきた人も、新たにこの地を選んで移住してきた人も、みんなが明確な思いを持って暮らしている。この地域への深い愛であったり、小さな自治体だからこそ、もうなくなるかもしれないところを自分たちで何とかしていこうという強い意志だったりするものが感じられたんです」
その姿に深く心を動かされた大島さんは大学3年で起業を決意。最初は地域の食材を使ったキッチンカーでスタートし、徐々に活動の幅を広げていった。地域の人々の情熱に触れたことが、自身の挑戦の原動力となっていった。
商品コンセプトになった川内村の川
価値観を変えた旅の記憶
大島さんの挑戦心の源には、もう一つの重要な経験があった。大学生時代、教育学部で小学校と特別支援の教員免許を取得する傍ら、海外への強い関心を持っていた。その中でも特に心を揺さぶられたのが、メキシコ南部のグアテマラでの体験だった。
「グアテマラの街角で、ボロボロの小型犬を連れた一人の老人に出会ったんです。彼は『I'm noone, I'm nowhere... (私は何者でもないし、どこにもいない)』とつぶやいていました。日本では人は常に肩書で呼ばれますが、その老人は何の肩書もないのに誇りを持って生きていた。その強さに衝撃を受けました」
グアテマラには世界中からさまざまな旅人が集まっていた。特にフランスからの旅人たちは、3カ月働いて3カ月旅をするという、日本では考えられないライフスタイルを実践していた。「日本では『仕事があるからできない』が当たり前になっていて、気付いたら定年。若い時にやりたかったことが、体力的にもできなくなってしまう。それって、すごくもったいないと思ったんです」
この経験が、教員になるという既定路線から外れ、自分の信じる道を歩む決意を後押しした。川内村での取り組みにも、こうした自由な発想と挑戦心が息づいている。
世界を見据えた独自の選択
現在、大島さんが手がけているのは、日本固有の植物を使ったクラフトジンの製造。カヤの実やタチバナといった日本古来の植物から抽出した香りを丁寧に組み合わせていく。なぜ、これらの植物を選んだのか、なぜ、ジンという形を選んだのか。
「例えば地元のお酒を造ろうとして、『地域限定のものができました』となっても、その地域に興味がある人だったら買うかもしれませんが、わざわざ買いに来てもらうには世界一級のものでないと難しい。そこで着目したのが、この土地ならではの価値でした」
島国であり、かつ高低差のある地形を持つ日本には、他の国には存在しない固有種が数千種類も存在する。その中から厳選した植物の香りを、時がたっても変わることのないジンという形で封じ込める。
「桃でもユズでもありません。調べていくと、日本中いろいろな所でユズのお酒を出しているし、ユズは中国から来ているものです。原生林という、この土地らしいところを突き詰めていった先に、固有植物という答えにたどり着いたんです。その香りを世界に届けたい。それが僕たちの挑戦です」
減圧蒸留機
「変態的な人」を引きつけ、巻き込む
大島さんの特徴は、自らの手を動かしながら、周囲の人々を巻き込んでいく力にある。蒸留所の建設も、専門家に任せるのではなく、自ら設計から携わった。「本当は建築家を間に入れてマネジメントしてもらえれば楽ですが、お金がない中でどうユニークなものを造っていくか…。結局、自分たちや有志の建築学生たちで設計して、地元の大工に直接お願いする。大変だけど、一度やってしまえば次から使える知識になります」
チームをリードする上で私が最も共感したのは、大島さんの「代替案を持つ」という考え方だった。「僕が考えるプランは、頭の中に大体5つほどあります。もしAがうまくいかなければB、BがダメならCというように、常に複数の選択肢を用意している。だから失敗してもそれが終わりじゃない。次の手を打てばいいだけなんです」
この言葉は、リーダーとしての私自身の悩みに大きな示唆を与えてくれた。完璧を求めてプロジェクトが停滞するよりも、まずは一歩を踏み出し、状況に応じて柔軟に方向転換していく姿勢こそが重要なのだと気づかされた。
また、大島さんが人を見る独特の視点にも強く引かれた。「その人の変態性というか、変態的に『これが好きなんです』って。ご飯を食べるのを忘れて、ひたすら料理をする。カレーのあめ色って何だろう、とずっと考え続ける。そういう人の得意な部分と好きな部分、一番尖(とが)ったところだけを生かすという嗅覚は、僕は持っているかもしれません」
これは私自身がチームメンバーの個性をどう生かすべきか悩んでいた課題に対する、新たな視点となった。メンバー全員が均一に能力を発揮するのではなく、それぞれの「尖った部分」、情熱を持って取り組める部分を見つけ出し、それを最大限に生かすことがリーダーの重要な役割なのではないかと考えさせられた。
クラフトジン「naturadistill固有種蒸溜酒」
地域と世界をつなぐ架け橋に
大島さんの目標は、この蒸留所を世界的な注目を集める場所にすることだ。しかし、それは単なるビジネスの成功を超えた意味を持っている。「この場所を面白くて、興味をそそられる場所にしたい。原発事故の映像しか知らない人たちに、『これ、めちゃくちゃおいしいし、よく調べていくと福島で面白いことをやっていて興味深いね』と思ってもらいたい」
昨年、新しく若手社員とその家族を村に迎え入れた。彼らにも、単なる雇用関係を超えた思いを伝えている。「今は大変だけど、3年後にはこれくらい一緒に稼ごうと。でもそれ以上に大切なのは、この場所で自分らしい生き方を見つけていってほしいという思いです」
F12FLYプロジェクトを通じて
大島さんは、私たち学生との関わりについても、独自の視点を持っている。
「10人中9人はプロジェクトが終われば終わりかもしれない。でも、少なくとも1人は何かしら関わってくれるのではないかと考えています。福島という枠にとらわれず、別の形で関わっていくことで、将来またつながる可能性がある。そういった縁を、とてもありがたく感じています」実際、プロジェクトを通じて学生たちにも変化が見られた。最初は理論的なマーケティングの議論が中心だったが、実際に商品を扱う中で、現場ならではの難しさと面白さを体感していった。
今回のF12FLYプロジェクトでは、大学生たちが実践活動として東京と福島のマルシェで、川内村で造られたジンを販売した。初めて客前で販売した大学生は次のように語る。「初めて販売したときは自分の言葉で説明できなかったが、川内村で体験したこと、大島さんたち生産者から伝わってきた情熱を思い出し、最後は『ここにしかない香りで、世界に向けてやっています』と、自分自身の言葉でお客さまにジンを薦められるようになりました」
東京でのクリスマスマルシェの様子
挑戦者たちへのメッセージ
最後に、一歩を踏み出せないでいる若者たちへ、大島さんはこうメッセージを送る。
「まずは行動してみることが大切です。考えすぎると何もできなくなってしまう。情報を集めすぎて、メリット・デメリットばかり見てしまうと、そこで止まってしまう。そういうときこそ、自分が心から引かれるものに、まずは一歩踏み出してみてほしい」
川内村の山々に囲まれた小さな蒸留所。ここから世界に向けて発信される固有の香りには、グアテマラで出合った自由な魂と、川内村で見つけた情熱が融合している。そこで見られたのは、既存の価値観に縛られない、自分らしい生き方への希望が詰まったリーダー像だった。
取材の様子
東京の大学生と福島12市町村(※)の若きキーパーソンたちが出会い、交流と実践を通して互いに学び合う試み。彼らとの対話は、都会で学ぶ私たち学生にとって、既存の価値観を超えた新たな生き方の可能性を示してくれた。
地方と都市の関係性は、「支援する/される」の一方通行ではなく、互いの強みを生かし合う対等なパートナーシップへと進化している。福島12市町村で挑戦を続ける起業家たちの姿は、私たち若者自身のキャリアや生き方を考える上でも、貴重なヒントに満ちていた。
本記事は、このプロジェクトを紹介する連載の1回目。新たな挑戦を続ける若者たちの姿を順次、紹介していく。
※福島県12市町村とは、福島第一原子力発電所の事故により避難指示の対象となった南相馬市、田村市、川俣町、浪江町、富岡町、楢葉町、広野町、飯舘村、葛尾村、川内村、双葉町、大熊町を指します。
Jヴィレッジでのマルシェの様子
【連載】
第1回:川内村の蒸留所から始まる挑戦・大島草太(28)
【取材・執筆】
近藤大誠(我楽田チームリーダー)
早稲田大学1年。大学では森のサークルで自然の楽しさに触れる。