国の重要文化財に指定されている東京大学の赤門(文京区本郷7)で9月5日、改修工事現場の見学会が開かれた。同7日までの3日間、工事の途中経過を公開した。
赤門は1827年、加賀藩前田家が徳川11代将軍・家斉の娘・溶姫(ようひめ)を迎えたのを機に建てた門。耐震性の低さが判明し、2021年2月から閉門が続く。門をくぐれなかった卒業生や近隣町会の住民、寄付者ら200人程度が足場に入った。
屋根の瓦は取り外され、下地の薄板を重ねた「土居葺(どいぶ)き」がむき出しになっていた。瓦を土で固定する工法はやめ、くぎ留めに変えて軽くする。柱の継ぎ目は炭素繊維で補強し、控え柱の足元には地中に重りを埋めて転倒を防ぐ。
解体して初めて分かったこともある。屋根最上部の波形模様は、本郷通り側が28列、構内側が31列と数が違っていた。設計監理を担う文化財建造物保存技術協会の江見歩さんは「事前の調査や製図では気づかなかった」と話した。明治期の写真と照合し、列の多い構内側の割り付けで新しい瓦を作る。
門と番所から外した瓦は1万1000点程度。一枚ずつ番号を付け、目視と打音で再び使えるかを判断する。清水建設社寺建築・住宅部の尾形晃弘さんによると、平瓦は寸法が一枚ごとに違い、実測して並べ直す。江戸時代の瓦も残り、そのまま屋根へ戻す。
同大大学院工学系研究科准教授で日本建築史が専門の海野聡さんは、赤門を「大学の顔でもあり、文京区の顔でもある」と話す。文化財では過去の修理の痕跡そのものに価値があるという。昭和の修理で外された1903(明治36)年の古材にも、根継ぎを担った大工棟梁(とうりょう)らの名が墨書で残る。
事業費の一部は「ひらけ! 赤門プロジェクト」として寄付を募り、9月3日までに5億8,844万円が集まった。10月17日には赤門前で、寄付者1000人程度が新しい平瓦の裏に名前を書く。
同大ディベロップメントオフィス副オフィス長の高橋麻子さんは「東京大学の入り口として、皆さんと集える場所になれば」と期待する。開門は赤門の建立200年に当たる2027年秋を予定する。